デス・オーバチュア
第43話「世界よりも重い命」




「なるほど、なるほど、話はよく解ったわ」
タナトスの話を聞き終えると、虹色の髪と瞳と翼を持つ天使リセットはそれなりに納得したといった感じの表情を浮かべた。
「つまり、死気流の嵐を放った時、自分の魂も刈っちゃったというか、ショックで魂が体から飛び出しちゃった……なんてところね」
「……そうなのか?」
「まず間違いないわよ。魂殺鎌の性質から考えればかなり高確率でありえること……まあ、謎はなぜ、魂殺鎌に喰われて消滅するわけでも、天国や地獄へ逝くわけでもなく、ここ(冥界)に来たのかってところなんだけど……まあ、考えても解らないことは考えないことにしましょう」
「…………」
「で、多分あんたは明確には死んでいない。現世の自分の亡骸に重なればあっさりと生き返れると思うわよ」
「……本当か!?」
「リセットちゃんはついても面白くない嘘はつかないわよ」
つまり、嘘をついた方が面白そうな時は嘘をつくということだろうか?
「んで、別にあんたを現世に送り返してあげるぐらいなら簡単だし、やってあげてもいいんだけど……」
リセットはそこで言葉を句切り、考え込むような仕草をした。
「……どうした?」
「あのね、冥界ってのは時間の流れが特殊なのよ。ただ単に現世……あんたの場合は幻想界、地上ね……に界と界を繋げるのはいいんだけど……あんたの生きていた時代に繋げるのは至難の技というか、恐ろしい低確率になるわけよ」
「……どういう意味だ?」
「あんたが肉体から離れた時代……時間から数百、下手すれば数千年、前か後の時代に繋がっちゃうかもってことよ。そうなれば、当然あんたの亡骸なんてもう風化して残ってないか、そもそもまだあんた自体が生まれてないかもしれない……当然復活は不可能になるわね」
「…………」
タナトスはリセットの言っていることを理解する。
つまり、時の流れの速さが、あるいは根本的な時の流れの法則自体が、地上と冥界とではまったく違うということだ。
「地上の『現代』と冥界の『現代』は思い切りズレてるのよね。というか、冥界は死界だからある意味時の流れが無いって考え方もあるけど……まあ何にしろ、普通に界と界を繋げただけじゃ、目的の時代に戻れないってことよ」
「…………」
「死界ってのは魔界や星界みたいな地上にとってのただの異世界、次元の違うだけの別世界じゃない。生者と死者の境が存在している。例え、魂がここ(冥界)から地上に自力で戻れても、肉体は無くなっているから、地上では亡霊、他者に触れることも話すこともできない不確かな存在……存在しないはずのモノにしかなれないのよ」
「……では、結局、私はもう……」
「諦めるのは早いわよ。あんたの場合は、要は亡骸の残っている時間に戻れさえすればいいんだから」
「だが、それは凄まじい低確率だとさっき……」
「まあ、ここはリセットちゃんに任せなさいな、悪いようにはしないから♪」
そう言うと、リセットは可愛らしくウィンクする。
「……お願いする」
今のタナトスには、この得体の知れない虹色の天使に頼る以外の選択肢は存在していなかった。



「お姉ちゃん! お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
アルテミスはネメシスの膝の上ではしゃいでいた。
場所はクリアの王宮のとある一室。
ダイヤとエランはいつものようにティータイム(お茶の時間)を楽しんでいた。
今回のお茶会には珍客が多い。
それぞれ復讐と沈黙を司る神剣の姉妹、無垢なる黎明(イノセントドーン)ことネメシスと、静寂の夜(サイレントナイト)ことアルテミス。
ファントム十大天使第七位ネツァク・ハニエルことクロスの学友である紫苑。
そして、誰も素性を良く知らない、只者でないということだけは誰もが一目で解る着物の女リンネ。
そんなメンバーに囲まれながらも、ダイヤとエランは普段と何の変わりもなく、平然と優雅に紅茶を飲んでいた。
ちなみに、ガイ・リフレインはクリアに戻り報酬を受け取るなり、姿を消している。
アルテミスをこの場に置いていっている以上、クリアから去ってはいないだろうが、この場のメンバー達とお茶を楽しみつもりはないのだろう。
突然、ドアが乱暴に開かれた。
「自動ドアを手動で力ずくで開けるのは、やめて欲しいです、クロス……直すのが面倒ですので……」
エランは、室内に入ってきた人物を目で確認もせずに、話しかける。
こんな乱暴なやり方でこの部屋に入って来る人物はクリア広しといえど、クロスティーナ・カレン・ハイオールド唯一人だけだ。
「クロスは何を飲みますか?」
ダイヤがクロスをお茶会に誘う。
「だ……だから……」
クロスは俯いて肩を振るわせていた。
「どうしたの、クロス? 何を怒っているのかしら?」
「……どうして……」
クロスはさらに強く肩を振るわせながら呟く。
「……どうして、みんな呑気にお茶してるのよ!? 姉様が死んだっていうのにっ!」
クロスは怒りを爆発させるかのように叫んだ。



「だいたい、あなたは何よ!? ファントムのイェソドとかいう奴の剣なんでしょ!? どうしてここに居るのよ!?」
八つ当たりの矛先がまずネメシスに突き刺さる。
「いや、どうしてって言われてもさ……ジブリール様、あたしのこと完全に忘れて帰っちゃうんだもの」
だから仕方ないよねっといった感じでネメシスは答えた。
「人間の姿に化けられるんだから独りで帰れるでしょうがっ!」
「ええっ? せっかく生き別れの双子の妹と数百年ぶりに再会したんだから、ゆっくりと話したいものじゃない、旦那」
「誰が旦那よ!?」
「数百年じゃなくて数千年ぶりだと思うよ、お姉ちゃん。あれ? もしかして万年単位かな?」
ネメシスの膝の上のアルテミスがクロスの剣幕などまるで気にせずに、姉の言葉にツッコミを入れる。
「アルテミス、ボケた? 神剣戦争の後も何度か会った……よね?」
「う〜、お姉ちゃんだってよく覚えていないじゃない」
「……もういいわよ、ボケ姉妹……好きなだけここに居ればいいわ……」
クロスは呆れたようにため息を吐いた。
数千だとか、数万とか、これだから人外の存在は……そんなに長い時を無為に生きていれば、記憶がいい加減になるのも……『ボケ』るのも無理もない。
「……で、一番の問題はあなたよ!」
クロスは視線を神剣の双子から、リンネに移した。
「あなたは一体何者なの!? なんでここに居るのよ!?」
「ふふ……私ですか? そうね……リンネ・インフィニティ……リンネ姉様とでも呼んで貰えたら嬉しいわね……クロスティーナ・カレン・ハイオールド」
リンネは蠱惑的な笑みを浮かべる。
「あたしの名前を……?」
「名前だけじゃないわ……あなたのことなら何でも……あなた自身も知らないあなたの秘密まで……誰よりも良く知っていますよ……ふふっ」
「むぅ……っ」
はったりには思えなかった。
リンネは口元には誘うような蠱惑的な笑みを浮かべたまま、全てを見透かすような透き通った眼差しをクロスに向けている。
「……もう一度聞くわ……あなたは『何』なの?」
「ふふ……そうね、ルーファスと似たような存在とでも言っておこうかしら……?」
そう言うと、リンネは一瞬だけちらりとダイヤに視線を向けた。
ダイヤは視線には気づいたようだが、何も言わずに再びティーカップに唇をつける。
「……魔族?」
クロスの微かな呟きに、リンネは一瞬だけ、キョトンとした表情を浮かべた。
「……あら? それは気づいていたの?」
予想外ねといった感じでリンネが尋ねる。
「当たり前でしょ! あんな人間いるわけないもの……もしかして、魔王か何かと思っていたわよ、テオゴニアで魔王のことを良く知るまでは……」
テオゴニア魔界編の写本に記されていた四人の魔王の容貌と能力にルーファスに重なるものはなかった。
魔界一の剣士、剣王、黒薔薇の魔王ゼノン。
魅惑の白鳥、雪姫(スノープリンセス)、白薔薇の魔王フィノーラ。
聖と魔の二極の瞳を持つ少年、聖魔王、黄薔薇の魔王オッドアイ。
怪物と不死者の王、吸血王、赤薔薇の魔王ミッドナイト。
この四人のことについての記述は完全に解読が終わっている。
というより、この四人のうち、三人とはつい最近、古代魔術の契約をかわす際に直接会っていたりするのだ。
直接といっても、魔王が地上に生身で来るわけもなく、あくまで分身というか幻というか、そういったモノを魔法陣で一時的に召喚しただけなのだが……。
「例外なく全員とんでもない奴らだったわね……」
三人の一目で解る絶対的な共通点は『傲慢』。
いや、魔界を四分割して、全ての魔族達を支配するような存在なのだから、傲慢、高慢、不遜なのは当たり前なのかもしれない。
「ふふ……そうだったわね。あなたは四人の魔王のうち三人と契約できてしまった地上で唯一人の魔術師……」
「っっ!? そんなことまで知っているの!?」
それとも自分は今、思考が口に出てでもいたのだろうか?
「でも、そこまで魔界や魔族のことが解っていながら、ルーファスの真の正体は解っていない?……それはある意味とても器用ね……いえ、奇妙?」
リンネは興味深そうにクロスを見つめていた。
「知っているの、ルーファスの正体!?」
「ふふ……言ったでしょ? 私はルーファスと似たような存在って……」
「似たような存在?」
「そうよ……ふふ……何を隠そう私の正体は……ルーファスのねえ……」
その時、凄まじい轟音と共に、黄金の光が室内に爆発するように発生する。
「ふふ……お帰りなさい、ルーファス」
黄金の光が晴れると、死ぬほど不愉快そうな表情のルーファスが立っていた。



反射的に飛び出してから気づいた、思いだした。
今の自分は界と界を渡れないということを……。


「ちっ……」
「ふふ……思ったより戻ってくるのが遅かったですわね、ルーファス。すぐに気づきはしたのでしょ?」
「ああ、地上を一週した段階で気づいた……」
「それはまた遅いのか、早いのか微妙ですわね……」
「ふん……」
「まあ、あなたはその気なら一瞬で地上を七週半ぐらいできますものね……文字通り光速で飛べば……」
「ふん、回るだけならな……だが、探索はそうはいかない……」
突然出現したルーファスと、リンネの会話に、クロスは口を挟めなかった。
(そんなに速く飛べるなら、転移とかも必要ないわよね?……いや、そんなに速いと逆に微調整効かないで目的地を通り過ぎちゃうか?)
などとどうでもいいことを考えていたりもする。
「一応、前後千年ぐらい時間も『視て』きたが……間違いなくタナトスの魂は地上には無い……」
「前後、千年の時間!?」
クロスは思わず声を上げていた。
「ちょっと、ルーファス、あなたそれって……」
「ああ? 魂には空間や時間の境は無意味だからな、どこに飛んだか解ったものじゃない。だから、ただ地上全てを見て回るだけじゃなく、地上の前後千年の過去と未来も『確認』した……それがどうかしたか?」
余計な口を挟むなといった感じで不機嫌そうにルーファスは答える。
「ふふ……視たと言っても、実際に過去や未来に飛んだわけではなく、その場所の過去と未来を全て見透かすという能力ですよ……遍在の女神などが得意とする能力ですね……もっとも、ルーファスは文字通り時間を生身で飛び越えることもできますけどね……」
「時間を飛び越える……?」
別次元の会話、別次元の存在だ、この二人は……。
クロスはまた二人の会話に口を挟めなくなっていた。
「良く言うな。俺はお前みたいに、何年何月何日になんかに狙ったように飛べねぇよ。過去か未来に適当に、力任せに時間流を飛ぶだけだ……ビデオの早送りか巻き戻しみたいにな……」
「ビデオ?」
クロスの疑問の声に、今度はルーファスは答えてくれず、黙殺される。
「ふふ……で、私に用が……お願いがあるのでしょ、ルーファス?」
リンネは確信を持っているかのように言った。
「ちっ……」
見透かされていることが不愉快で仕方ないのか、ルーファスは舌打ちする。
「……モニカの所に繋げろ……」
「……繋げろ? 繋げてくださいの間違いではないのですか、ルーファス?」
リンネはとても妖艶に、それでいて意地悪く笑った。
「ちっ、いいから繋ぎやがれっ! 駄目だって言うなら、俺は無理矢理魔界に帰るぞ! 別に帰れなくはないんだ、無理矢理結界を内側から打ち破った際の衝撃で、大陸の一つや二つ沈んでも良ければなっ!」
「ふふ……別に大陸が沈んでも私は構いませんが……」
「そうかよ、それならそうさせてもら……」
「良いわけないでしょうがっ! やめなさいよ、この馬鹿っ!」」
クロスのツッコミの右ストレートを放つ。
クロスの右拳をあっさりと左掌で受け止めると、ルーファスは急に真顔になって尋ねた。
「クロス……お前、この中央大陸全ての人間の命と、タナトスの命のどちらかを選べと言われたらどちらを選ぶ?」
「そんなの決まっているでしょう!」
「ああ、決まってるな」
「姉様の命よ!」
クロスはきっぱりと言い切る。
ここに居るのが、エランやネツァクといったクロスのことを良く知っている人間でなかったら、驚愕か呆れた表情を浮かべたに違いなかった。
大陸一つと姉一人の命の天秤、迷わず姉の命を選ぶ、究極のシスコンである。
「その通りだ。というわけでさっそく、ホワイトの門あたりを俺が通れるサイズに無理矢理こじ開け……」
「ふふ……解りましたわ、繋げてあげます。あなたは本気で大陸を……地上を消し飛ばしすことも迷わないでしょうから……流石に、今この遊び場(地上)を壊されるのは少し勿体ない気もしますしね……」
「ふん、最初からそう言えばいいんだよ」
ルーファスはふんぞり返って言った。
自分の頼み……命令を聞くのは当然だといった感じである。
その姿を見て、この前会った三人の魔王だって、ここまで偉そうで我が儘ではなかったなとクロスはふと思った。
「ただし条件がありますわ」
「あん?」
リンネは視線をルーファスにではなく、クロスに向ける。
「あ、あたし?」
「彼女も連れて行ってあげてくださいね」
リンネはとても楽しげな笑顔でそう言った。







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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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